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どうも

シェルブリットのカズマです。

えーと、基本ブログは午前二時以降に書いてるんですよね。あとめんどくさいから読み返したりせず、思ったことをバーっと書いて、それで終わりなんですよね。

そして二日後とかにたまに読み返して、恥ずかしくなって、訂正したりしていますw 多分、出だしのやつも二日後ぐらいにはどうもデザイナーの竹田ですになってると思います。

前回のブログで一枚袖を改良したバージョンが二枚袖ってお話ししましたけど、じゃあなんで僕は一枚袖が好きなんだよって話ですよね。

やはりラグラン袖ってもともと誰の肩にも合うようにってことで発明されたので、そう考えると、ラグラン男爵の意思をしっかり継いで、誰の肩にも合うラグラン本来の機能性をしっかり出せる一枚袖が好きなんですよね。

それにこの一枚袖ラグランのやり方って、着物と同じなんですよね。着物はセットインですけど、一枚袖ラグランと同じく、首根本から袖までまっすぐなんですよね。洋服だけど、和服に近い服ですね。西洋の服って、人体に沿った服ですけど、日本の服(着物)って、人体に添わせるってよりは空白を作る服なんですよね。着物は帯をしめてしまえば、色んな体系の人が着こなせますよね。

もはや一枚袖ラグランにウエストベルト付いてたら、それはもはや着物と言っても過言ではないと思います。西洋の着物ですね。

そう考えると、誰にでも合う、人体に沿わせて作ってない一枚袖は西洋では邪道なディテールだったのかもしれませんねw

だから、少しでも人体に沿わせて作ろうとし、二枚袖にしたのかもしれません。全部、僕の憶測ですけど。

あと一枚袖なら、肩幅を気にせず着れるので、奥さんとシェアしたり(既婚者男性にとっての強い味方ですねw)、修理しながら子供や孫に継がせたりできますよね。

僕の信念として、服は買って終わりじゃなくて、着込んでいってどんどん価値が上がるものでなくちゃいけないと思ってるので、一枚袖なんかはまさにそれを叶えてくれるような仕様ですよね。

自分が死んだあとも、誰かきてくれるかもしれない。経年変化でどんなに生地のオーラが出たって、サイズ感がダサかったら着れないですけど、一枚袖ならそれを気にする必要があまりないですから。

だって1910年ぐらいの、体格が違う西洋人用のコートを、今の時代の日本人がサイズをあまり気にせず普通に着れちゃうわけですからね。

一枚袖は時代も人種をも超えることができる仕様です。We Are The Worldですね。

ただ今の時代の二枚袖は、今の人用に合わせて作ってあるので、何度も言いますが、サイズがあってれば二枚袖の方が袖は綺麗に落ちます。ましてや、オーダーなら言わずもがなですね。